揖斐川水系坂内川

標高1,209mの三国岳は、その名前の由来の通り、ちょうど滋賀県と福井県と岐阜県の県境にあります。
その三国岳のすぐ傍にあり、龍神伝説で有名なのが『夜叉ヶ池』です。
昔、ある年大変な日照りが続き、困り果てた村の名主が、乾ききった田んぼで出逢った小さな蛇に向かって、「お前が雨を降らせてくれたなら、どんな願いもかなえよう」と一人ごとを言って家へ帰りました。
すると、待ちに待った雨が一日中降り出し、田んぼにたっぷりと水がたまり、農作物はみんな生き返ったそうです。
もちろん村人たちは小踊りして喜びあったのですが、その喜びも束の間、翌日に蛇は山伏姿となって現れ、名主の三人娘のうち中の娘を嫁にと連れて、揖斐川を登っていきました。
泣きながらつけた紅、おしろい、水鏡に写った不憫な夜叉姫の面影を、名主はいつまでも忘れることができませんでした。
その後、名主は村人とともに、たびたび夜叉ヶ池を尋ね、龍神となった夜叉姫の姿を偲んだということです。
こうしたことがあってから、日照りが続くと村人たちは、紅、おしろいを土産に、龍の池、『夜叉ヶ池』に捧げる習わしとなりました。
今も美しい伝説として語り伝えられています。
さて、この『夜叉ヶ池』の水が分水嶺となり、福井県側を日野川(九頭竜川)として日本海に流れ、滋賀県側では高時川(姉川)として琵琶湖に注ぎ、さらに岐阜県側では坂内川(揖斐川)となって太平洋に流れ込むのです。
とてもロマンのある話ですが、今回はその岐阜県側を流れる坂内川へ行ってきました。
岐阜県までフライフィッシングに行ったと言えば聞こえはいいのですが、滋賀県との県境からほんの5km程入ったところです。
以前は国道303号線が非常に狭く、つづら折れの道が続いて悪路として有名でしたが、今は全長3,025mの八草トンネルが完成し、快適に走り抜けることができます。
国道303号線から離れて川沿いに進み、坂内川上流部にあるダム湖に到着したのが朝7時です。

70歳位の老人が、湖に3本の延べ竿を並べて何かを釣っています。
初めて訪れる川だけに、情報収集を兼ねて老人に話しかけました。
何を釣っているのか尋ねたところ、アマゴと鮎だとのこと。
餌はアマゴ用が瓶詰めイクラで、鮎用はサナギ粉混じりのシラス団子に毛ばりです。
見てる間に20cm位の鮎が1匹釣れましたし、何匹か掛かりましたが、スレ針に掛かった鮎が大きいためバレてしまいました。
アマゴも25cmから35cm位のが、時々釣れるそうで、ほとんどが銀化しており、小さいのは釣れないそうです。
また、このダム湖は毎年11月になると水を完全に抜いてしまい、そのため他魚が全く繁殖できず、居るのは上流から下った天然のアマゴと鮎のみだそうです。
40年来ここの同じポイントで釣りをしているが、昔は40cmを越える鱒化したアマゴが良く釣れたそうです。
“世の中にはこんな釣りも在るのか・・・”と不思議な感じを引きずりながら、とりあえず上流を目指すことにします。
川沿いの林道はよく整備されており、何故か最奥まで舗装されています。
その理由が分かりました。
林道の終点が『夜叉ヶ池』への登山道になっており、そこには『夜叉ヶ池』神社の鳥居が建てられていたのです。

IMG_0165

随分前振りが長くなりましたが、ここからが釣行記です。
坂内川上流部は全般的になだらかで、瀬と小渕が続く開けた渓相です。
川自体のスケールとしては、尾根の向こう側の高時川と比較すると、堰堤も多く、ちょっと物足らない小渓流といった感じです。
午前中は最奥部をやるつもりでしたが、林道終点辺りは川もかなり細くなっており、フライではちょっと厳しい感じです。
やむを得ず、『夜叉ヶ池』へ続く、最上流部の二股の出逢いから入渓しました。
水温14℃、快晴、微風のなかでのファーストキャスティング。
何度やっても、心踊る瞬間です。
しかし、こうした愉しい時を刻むことができるのも今月一杯です。
さて、そうこうするうちに、小渕から続く開きでいきなりファーストフィッシュに出逢いました。
16cmと小ぶりでしたが、綺麗な天然アマゴです。

IMG_0171

やや黄色身を帯びた体色、幅広な体高、均整のとれた9個のパーマーク、完全無欠なヒレ、妖しい輝きを放つオレンジ色の朱点、どれをとっても完壁な、まるで宝石のような魚体です。
あまりの美しさに、しばしのあいだ見とれてしまいました。
龍神となって湖に沈んだ夜叉姫の化身か・・・!!
いつもより丁重にリリースしました。
その後も退屈しない程度に釣れてきますが・・・、14cm、13cm、12cm、10cm、8cmと秒読みのように段々小さくなっていきます。
小さいのしか釣れないと噂では聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした。
渇水のせいもあるんでしょうが、そういえば先程の老人も言ってました。
“アマゴさ釣れるけんど、いまん時期は、ちいこいんしか釣れんど。大きいんはウロん中へ入ってしもうて出てこんわな”
仕方なく午前中の釣りを終え、昼飯にしました。
昼寝のあと、3時から午後の部の開始です。
5km程下った中流部に格好のポイントを見つけ入渓しましたが、そういえば午前中に餌釣り師が入っていたポイントでした。
相変わらず魚は適当に釣れるものの、型に不満が残ります。
午前中同様16cm以下を5匹釣り、5時半に一旦上がりました。
ライズを探しながら、だらだらと下流へ移動しましたが、気配を感じるような好ポイントを見つけられないままダム湖に到着したのが6時です。
実はある狙いをつけていたのです。
薄暗くなってから、バックウォーターの浅くなっている部分に立ち込んで、遠投でウェットでも引いてみようかなどと・・・。
何しろ大きなアマゴが居ることは分かっていますので、暗くなって浅瀬の方に就餌のためにやってきた奴をゲットできるかも・・・?
しかし、準備を始めようとしたところ、急に大粒の雨が降ってきました。
車の中で雨が止むのを待つ間、あたりは段々闇につつまれていきます。
すっかり暗くなったダム湖には、もう誰一人として人影はなく、しとしと降り続く雨の中、暗くなって川の中を歩く危険性、夜行性である熊や猪の存在、それに何より『夜叉ヶ池』伝説・・・・・。
釣れるかどうか分からない大アマゴへの想いは、その時スーッと心の中から消えていったのは言うまでもありません。
天然の子アマゴが適度に遊んでくれる坂内川、水量の安定した春先に、もういちど訪れたい気にさせる川でした。(O)